第7話『めざしてみる?肉体派キラッキラ女子』
エリーゼは、ひたすらオロオロしていた。
放課後、部室にやって来た恵の異様なまでにドス黒いオーラ・・・。誰が見ても、怒りのハリケーンが吹き荒れているのは一目瞭然。
鬼気迫る形相でこぶしを握りしめ、閉じたままの秘密の部屋の壁を見つめている。
壁の凸凹が恵の目力でさらに悪化したとしても、ことさら不思議ではない。
「す、すばるさん・・・どうしましょう」
「ふえ?エリーゼちゃん?どうするって、何を?」
「ですから・・・あの・・・・・・なんというか恵さんを・・・」
「それなら、簡単!簡単!」
「え?・・・簡単って、一体どうすればいいんですか?」
「気にしなければいいんだよーっ♪」
意外な解決策に固まるエリーゼ。
(怒っている人が目の前にいても、それを気にしなければ問題ない?)
ここまで間の抜けた発想が世の中に存在することに、ただただエリーゼは驚いて・・・。
(すばるさんの頭の中は、こんな時までキラッキラなのかしら。)
そう思ったとたん、深刻ぶってオロオロ+オドオドしている自分が妙におかしく思えてきた。
「ふふっ。すばるさんて、本当に・・・」
「ふえ?なに、なに?」
「な、なんでもないです。ただ、いつもキラッキラなすばるさんがステキだなと思って・・・」
「やったー!ステキいただきましたーっ♪ねえ、ねえ。メグちゃん。聞こえた?エリーゼちゃんに褒められちゃったよ~ん」
恵のドス黒いオーラに、さらなる怒りの炎が加わる。
「ううううっ!」
「ふえっ?」
「すばる!ダラダラおしゃべりしてないで、早くカオリン先生を連れて来てよ!」
「あ、あの・・・すみません。私、保健室に行ってきます」
荒々しい空気に耐えられず、エリーゼがそそくさと部室を後にする。
「ふえ・・・エリーゼちゃん?」
気まずそうに、小さく頭を揺らして息を吐く恵。
「あーっ、やらかした。エリーゼをビビらせちゃった」
すばるが、恵にマグカップを差し出す。
「メグちゃん、今日は黒豆入りのダッタンそば茶だよ。これ飲んで、とりあえず気分変えよっ」
「・・・だよね。てか、すばる。なんで毎日、いろんなお茶があるの?」
「ふふふふーん。実はうちのママ、お茶を集めるのが好きなんだ。で、こそっと部活に持ってきてるの。偉いでしょ?」
「なんかさー、すばる見てるとイライラするのがバカらしくなるよ」
「メグちゃん、なんでイライラしてたの?」
「悔しくて。あと、うまく言えないけど自分がカッコ悪くてさ」
「ふえ?」
「レーシング部にクルマがないと決めつけて、自分一人で先走って。どうにかしようと部活を早退した日に、よりにもよってフォーミュラカーのお披露目があったなんて・・・。そのタイミングの悪さやら、理事長や香里先生、仲間のことを信頼してなかった自分やら・・・いろんなことにイライラして」
「うん、うん」
「それでも気を取り直して、自分なりに仕切り直してさ。フォーミュラカーとの出会いを楽しみに部室に来たら・・・秘密の部屋ってヤツが閉まってた!あーっ、もう!」
「カオリン先生が来ないと、この壁は開かないもんね」
「カーオーリーンせんせーい!早く開けてーーーっ!!」
恵の叫びにかぶせるように、部室のドアが開いた。
「カオリン先輩は今ちょっと手が離せないの。私じゃ役不足かな?」
「ふえ~!理事長さんだっ!」
サトミカこと理事長が、親指と小指を立てて謎の決めポーズを取る。
「私も開けられちゃうのよね、あの壁っ♪」
スカートの裾は破れてない・・・?と、理事長の膝周辺に目をやる恵。でも、あいにくというか幸運にもというか、今日の理事長はパンツ姿でセーフ。
「きゃーっ!この部室、懐かし~っ!ちょっと埃っぽいけど、なーんにも変わってない!ねえ、みんな。レーシング部は楽しい?そう!それなら、よかった」
あれ?まだ返事してないのに・・・と、すばるがぼんやり考えている間も、理事長の滑らかなトークは止まらない。
「カオリン先輩に、面白い美術部員がいるって聞いたの。どこ?どこ?・・・見当たらないなあ。えーっと・・・あっ、この香り・・・!黒豆ダッタンそば茶でしょ?ちょうだい、ちょうだい!理屈はよくわかんないけど、なんとなく美容にいいって聞いたことあるし」
「ふえ?お茶?」
「そう!お茶、お茶」
マイペースすぎる理事長の言動に、恵のドス黒いオーラがまたもや活性化する。
「理事長。お茶より先に、秘密の部屋を開けてもらえませんか?」
「はいはいはーい。ちょっと待ってね」
壁の前までツカツカ歩いた理事長が、首を傾げる。
「あれ~?指紋認証、どこでするんだっけ?」
え・・・・・?
この人、本当に成功している起業家???
恵の脳裏に疑問が走った、ちょうどその時。
ここぞ出番、とばかりに物陰で個人的な部活動を行っていた部長がヒョイと現れた。
「指紋を読み取るセンサーは、この辺りですけど」
前回、香里先生が手を押し当てた場所を、なぜか誇らしげに示す部長。
「やだ!その時代遅れのベレー帽、かわゆすぎ~っ♪あなたね、あなたでしょ。一人美術部でレーシング部の掃除部長になった子って」
「そ、掃除部長ではなく、ただの部長ですけど」
脱線しそうな会話に、恵が割って入る。
「じゃ、そーゆーことで。早く開けてください。サトミカ理事長!」
「もう~。こわい顔しないのっ。それじゃ行くわよ。壁、オープン!」
理事長が手をかざすと、壁がスライドして・・・。
レーシング部自慢のフォーミュラカーが姿を現した。
「わあああああああああっ!うそっ!すごい!えーっ???マジで?本物!!!あーっ!この子、なんて美人なの!!!!」
興奮しまくる恵から、いつの間にかドス黒いオーラは消えている。
「理事長。ちょっとさわっていいですか?」
「もっちろーん♪」
「わあっ!どうしよう!ドキドキしてきた!」
顔を近づけたり、指でちょこっと触れてみたり。フォーミュラカーの周りをグルグル歩き回る恵の目は、まるで小さな子供のようで。
そんな恵の表情を、すかさず部長がスケッチし始めた。
「・・・メグちゃんがキラッキラだぁ」
ぼーっと恵を見つめる、すばる。その背中を理事長がポンと叩いた。
「ふえ?」
「今日、私が部室に来たのは、壁を動かすためじゃないの」
「???」
「星野すばるさん。あなたに用事があるのよ」
「ふえ~っ!理事長さんの用事って、もしかして・・・」
理事長が笑顔でおうむ返しをする。
「もしかして、なに?」
「黒豆ダッタンそば茶、お代わりですか~?」
「きゃははっ!やだ、この子。笑いのエッジ立ちすぎでしょ。ボケてるとか腑抜けてるとか、カオリン先輩にさんざん話は聞いてたけど。あなた、筋金入りね」
「・・・お茶にスジガネは入ってないですよ~」
ため息とも笑いとも取れる息を、かすかに吐いて。理事長が、部室に響く声で言った。
「星野すばるさんを、ちょっと借りてくねーっ」
「ラジャ!理事長」
クルマに夢中の恵に代わって、部長が敬礼をする。
「理事長さん。私、どこに借りて行かれるんですか~?」
「ヒ・ミ・ツです♪ついて来ればわかるわよ」
すばるが連れて行かれたのは、理事長室。
たぶん、富士女でもっとも日当たりの良い部屋。
ゴージャスな革張りのソファの上に、ブサかわいいネコのぬいぐるみが置いてある。
「すばるさん。そのネコちゃん、知ってる?」
「んんん???」
「サキャットくんよ」
「んんんんんんんん?」
「私の宝物。旧富士サーキットのキャラクターだったの。かわいいでしょ♪」
「ううう・・・は、はい」
「ま、それはいいとして。こっちに来て」
理事長に言われるままに続き部屋に入ったすばるは、思わず目を見開いた。
「ふえ~~っ!」
ここも理事長室のはず・・・なのに、本格的なトレーニングマシンが並んでいる。
公私混同のお手本のような光景だ。
「すばるさん。ドライバーは運転ができればいい、ってものじゃないの」
「はぁ・・・」
運転もできないんですけど・・・とは言いにくい雰囲気の中、理事長の話が続く。
「レースは過酷な重力との戦いでもあるの。たとえば、ヘビーブレーキングの時。最大で5.5Gくらいの負荷がかかるとも言われているわ。高速でコーナリングする時の横Gもハンパないし。首がもげるかと思うくらいキツかったりするの。わかる?」
「いえ・・・さっぱり。そもそもジーって何ですか?」
「ああ、そこからなのね・・・」
理事長が軽く肩をすくめる。
「Gっていうのは重力加速度の単位。たとえば、飛行機の離陸の時を思い出してみて。体がシートに押しつけられる、あの感覚よ」
「・・・飛行機?まだ乗ったことないし・・・」
手に負えないと判断したのか、理事長の口調が幼児向けに変わった。
「OK!難しい話はやめましょ。ものすごーくシンプルに説明するとね、ドライバーは体を鍛えなくちゃいけないワケ」
「ふえ???」
「筋力とスタミナをつけないと、とてもじゃないけどフォーミュラカーには乗れないわ。特に首まわりの筋肉をしっかり鍛えないとね」
すばるが、思わず後ずさりをする。
「む、ムリかも・・・わたし、ドライバーなんて柄じゃないし・・・」
「でも、あなた。あのキラッキラの世界が見たいんでしょ?」
「あの・・・ってことは、もしかして理事長さんも?」
「レース中の軽い脱水症状と共に、どこからともなく立ち現れる・・・キラッキラで穏やかでハッピーでワンネスなあの感覚・・・。てっきり昇天したのかと思っちゃった、なーんてね。えへへっ♪」
「ふえ~っ。カオリン先生が話してくれたキラッキラのドライバーさんって、理事長さんのことだったんですか~っ!」
理事長が口角を思いっきり上げて微笑みながら、すばるの肩に手を置く。
「レースの世界と、すばるさんのキラッキラが同じかどうかは・・・わかんない。でもね、言葉では伝えにくいけど。コクピットでしか見られない景色があるのは本当よ。その時になったら、絶対にがんばって良かったと思えるから。少しずつ鍛えていこっ!」
「は、はい・・・」
「ということで、さっそく!」
「ふえ???」
「私の専属トレーナーに特別に考えてもらったメニューを渡しておくわ」
差し出された紙には・・・スクワットにベンチプレス・・・頸部反復運動・・・・・・?????
「すばるさんの場合、そもそも基礎体力が足りてないのよねえ。毎日の走り込みも忘れないでね。この部屋はいつでも自由に使っていいから・・・がんばれっ♪」
「ふえ~~~っ!!!」
ヘロヘロと倒れそうな足取りで、すばるが部室に戻ると。いつのまにやら、こちらにも怪しげなマシンが設置されていた。
「ふえ・・・?バーチャル・ドライビング・システム???」
まだ夢の世界に片足を突っ込んだままの、アブナイくらい幸せな目をした恵がすばるに説明する。
「さっき、業者の人が運んできたんだ。フォーミュラカーを乗りこなすためのシミュレーション・マシンらしいよ」
「運転のシミュレーション??」
「レースを体感するゲームみたいなものって考えれば、わかりやすいかも」
「ゲーム?なんか楽しそう!・・・あれ?そういえば、エリーゼちゃんは?カオリン先生を呼びに行ったまま、戻ってこないねえ」
その頃、保健室では・・・。
エリーゼが、カオリン先生を全力で慰めていた。
「あのバカ男には、女の魅力ってものがわからないのよ!若けりゃいいと思ってるんだから。エリーゼさん。どう思う?やっぱり男はみんな若い子がいいの?」
「そ、そんなことないですよ。うちの両親は母の方が年上ですし。香里先生の魅力がわからないというのは・・・その男性に問題があるのかと・・・」
「あなた、ホントいい子ねえ。世の中の真理がわかってるわ。もうこのまま飲みに行っちゃう?」
「あの・・・私、まだ未成年ですし・・・・・・」
「ソフドリよ、ソフドリ。ケーキもつけてあげるから付き合いなさいよっ。それとも、オバサンの失恋話なんて聞けないとでもいうの?」
「い、いえ・・・」
「まったく、サトミカはいつ戻って来るのかしら?久々に顔を出したと思ったら、エリーゼさんと入れ替わりで部室に行ったきり・・・」
「あの・・・探してきましょうか・・・・・・?」
「もういいわ。どうせ話を聞くのが面倒で、適当に逃げたのよ。あの子、昔からそういうところがあるの」
香里先生が、エリーゼの両手を握りしめる。
「エリーゼさん。教師である前に、一人の女として・・・少しだけ泣いていいかしら?」
「・・・・・・えっと、それは・・・・・・」
「うううっ・・・ティッシュちょうだーい!箱ごと!!」
「は、はい」
トレーニングを始める人。恋が終わった人。その人に迷惑をかけられて困っている人。
それぞれ、いろいろあるけれど・・・。
ゆるキャラ(?)のサキャットくんに見守られつつ、なんとなく具体的な準備が整ってきた富士女レーシング部なのであった。