第6話『敵はツンデレ?幻の美少女バトル』
ふえっふえに混乱したすばるが保健室に飛び込んできて数分後。
香里先生率いる青春ドライブな仲間達は、部室のドアの前に立っていた。
「と、ととととにかく・・・とてつもなく、ふえ~っなことになってるから、みんな落ち着いて、とにかく・・・」
「すばるさん!あなたが落ち着きなさい」
「ふえ・・・・・・」
「さ、て、と」
いつになく楽しそうに、仁王立ちの香里先生が微笑む。
事件だの諍いだの祭りだの犬も食わない痴話ゲンカだの、そういう類の面倒な騒ぎに首を突っ込みたくて仕方ない体質らしい。
「ほら、エリーゼさん。チャッチャと開けなさい」
「は、はい。すみません」
叱られた訳でもないのにペコッと頭を下げて、エリーゼがドアを開ける。
当たり前の顔でズカズカ一番乗りした香里先生が、いきなり大笑いを始めた。
「きゃーっはっは!なに、これ?ずいぶん派手に、やらかしちゃってくれたわねえ!」
いきなりの乱入者に驚いた部長が、とっさに自分の貧弱な体で隠そうとしたけれど。誰がどう見ても、壁のあちこちがボコボコに凹んでいる!
「ぐえーーーーーっ!保健の先生に見つかりーにょ~~っ!」
部長の右手にはカナヅチ、そして左手には糸ノコ。間違いなく現行犯だ。
「あ、あのですね。これにはワケがあるワケで・・・」
しどろもどろの言い訳を無視して、セナが叫んだ。
「ワンダホーですわ!とにもかくにも素晴らしいですわ!」
「・・・セナ?」
「エリーゼ、よーくご覧なさい。部長ってば、天才アーティストでしたのよ!この壁の、あたかも計算され尽くしたかのように滅茶苦茶な配置の凹み・・・穴を開けるほどのパワーもなく、中途半端なダメージを与えることしかできない愚かしい破壊行為にあえて身を任せる無意味さ。これは、もはや芸術ですわ!ヘッポコなマンガを描くドンくさいベレー帽のおマヌケづらは、世を忍ぶ仮の姿。実は諸行無常という壮大なテーマを世に問うゲージツ家だったんですわ!」
部長が恐縮しつつ、照れて壁の凹みにもたれかかる。
「いえいえ、そんなつもりではなかったんですけど。た、たしかに言われてみればアートに見えなくもないかもしれないような気もしますけど。3Dのあなた、けっこう人の才能を見抜く目があるというか・・・くふふふっ」
「はーい!自称天才同士の小芝居は、もう終わったかしら?」
自称なんてプンプクプンですわ~~っ!と叫ぶセナに構わず、香里先生がテキパキ話を引き継いだ。
「天才でも盆栽でも白菜でもいいけど。部長、あなた何がしたかったの?」
「そ、それは・・・この壁の向こう側に・・・」
香里先生の顔色がサッと変わった。
「なぜ、あなたが壁の向こう側の超ド級の秘密を知ってるの?」
「保健の先生!もしや、覚えてないんですか?」
急に勢いを取り戻した部長が、香里先生に食って掛かる。
「去年、この部室を使う許可をもらった時、さも自慢げに1時間近くも語り続けたクセに~っ」
「ああ・・・そういえば、かすかに記憶が」
香里先生が、あっけらかんと笑う。
「ま、いいじゃない。そんな古い話は。私達まだまだ若い!んだから、過去なんて振り返らず今を生きないと。ねっ!」
「ふえっ?香里先生?なんで『若い』ってとこだけ、声大きいの?」
「う、うるさいわねえ。すばるさん、あなたも壁みたいにボコボコになりたいの?」
「ふえ~~っ!」
進まない会話を黙って聞いていたエリーゼが、意を決して小さな声をあげた。
「あ、あの・・・それで・・・・・・」
「なに?エリーゼさんまで、私をオバサン扱いするの?どうせ、私はお肌のカサつく年頃よ。現役高校生じゃないもの。でも、でも・・・それがナンだってのよ!」
「い、いえ・・・そういうことではなくて・・・・・・」
「はあ??????」
「あの・・・部長さんが、なぜ壁をボコボコ叩いたのか、と・・・・・・」
すばるが元気に手を挙げる。
「それだよ、それ!わたしも、それが聞きたいっ。さっきまで一緒にクッキー食べてたのに、部長さん、急にどこからかカナヅチを出してくるんだもん。わたし、てっきり襲われるのかと思ったよ」
肌荒れを気にしつつ、香里先生がうなずく。
「なるほど。それで生命の危険を感じて、保健室に逃げ込んできたのね?」
「うん!うん!」
部長が、すばるを横目で見ながら唇をとがらせる。
「な、なんで私がクッキーもらったお礼に、あなたを襲うんですか?ありえないんですけど」
「仕方ないですわ、部長。トンキチときたら、物事の道理というモノが、古今東西コンリンザイさっぱりキッパリ理解できないんですわ」
「セナ。トンキチなんて、すばるさんに失礼よ」
「ふふっ。やってる、やってる。今日も実のない会話だニャンコ♪」
「ふえ~っ!唯ちゃん?用事でお休みじゃなかったの~?」
唯が、ちょっとお疲れ気味のアイドル・スマイルを見せる。
「・・・んん。思ったより早く終わったんだ、用事」
「そっか~!残念!もうちょい早かったら、おいしいクッキーあったのになぁ。そういえば、何の用事だったの?」
「えっと・・・・・・」
口ごもる唯の代わりに声をあげたのは、香里先生だった。
「あー、もう!そんなことより凹みよ、凹み!あなた達ときたら、すぐに脱線するんだから。なぜか今日は、ふだんにも増して建設的な会話ができない気が・・・あっ、恵さんだ!恵さんがいないから、会話がトンチンカンなんだわ」
いえ、それは若さにこだわる先生のせいです・・・とは、口が裂けても言えないエリーゼが小さくため息をつく。
「まあ、いいわ。あなた達を驚かせようと思ったけど、バレちゃったモノは仕方ない。そうよ、その通り。この部室の秘密というのは、そういうことなの」
いつも通りの暴走トークで香里先生が勝手に話を進め始めつつ、バシッと壁に手を当てた。すると、部長のカナヅチに耐え続けた健気な壁が、音もなくスライドして・・・。
その奥に、秘密の部屋が現われた!
「いくら叩いても開かないわよ。だって、この扉は指紋認証なんだもの。私とサトミカの指にしか反応しないようになってるの」
「ふ~~え~~~っ!」
秘密の部屋は、まるでラボのようで。中央には、グレーのシートをかぶせた大きな物体が・・・。
「ロボット?ロボットだよね?グイーーーンてなるヤツ!」
「ホントのホントにシンの底からトンキチはトンキチですわね。レーシング部の部室に眠る巨大な物体といえば、ずばりフォーミュラカーに決まってますわよ」
「ふえっ!なるほど~!セナちゃん、賢いーっ!部長さんがメグちゃんに、クルマのことは心配いらないって言ってたのは、こういうことだったんだ!」
「いかにも!一応、私、部長ですから。秘密の部屋のこと、保健の先生に自慢されて何となく知ってましたから」
香里先生が、華麗にマントを操る闘牛士のようにシートをシュルリと外した。
そこにいた全員が思わず体を乗り出して、息をのむ。
端正なフォルム。一点の曇りもないボディ。
クルマ音痴のすばるにすらハッキリわかる、存在感ありすぎのフォーミュラカー。
「ふえふえふえ~っ!キラッキラーッ♪」
「我がレーシング部の全盛期に、私達が作ったマシンよ。あ、作った・・・というのは正確じゃないかも。ベースを作ってもらって、改造したっていうのが正しいかしら」
「すごーい!カッコいい!本物ニャンコ♪これ、唯達も使っていいのかな?」
「もちろんよ。かわいい後輩達のために残しておいたんだから。それに、走らせないなんてマシンがかわいそうでしょ」
愛おしそうに(手汗がつくのも気にせず!)マシンにふれる香里先生。
周りをグルッとチェックする唯と、それを遠巻きに見つめるエリーゼ。セナは腕を組みながら複雑な表情を見せる。そして部長は、壁を凹ませたことはすっかり忘れて、いつの間にかマシンのスケッチを始めている。
すばるが何気なく、マシンの座席に置いてあるヘッドマウントディスプレイを手に取った。その瞬間・・・。
「ふわぁ・・・目が覚めちゃったじゃない!もう少し優しく起こせないのかしら?」
かわいいくせにトゲトゲしい女の子の声が響いた。
「ラティ?・・・ラティなのね?まだ、ちゃんと機能していたんだわ!」
香里先生が、すばるの手からヘッドマウントディスプレイを素早く奪い取った。
「ラティは・・・えっと、なんて言えばいいかしら。私達が現役部員だった頃の仲間で、ナビゲーション通信用インターフェイスなの。エリーゼさん、ラティを今ここで映像化できるかしら?」
「あ、はい・・・やってみます・・・・・・」
エリーゼが、ヘッドマウントディスプレイと部室のパソコンを代わる代わる操作すること十数分。秘密の部屋に、ラティが姿を現した。
怒ったような、そのくせ照れたような表情。まさにツンデレ少女そのものだ。
「まったく、香里はお節介なんだから。誰も起こしてほしいなんて頼んでないでしょ」
「ラティ!また会えて嬉しいわ」
「また会えて・・・?私、そんなに長い間、眠ってたの?」
「まあね」
ラティは、新生レーシング部のメンバーを見渡して首を傾げた。
「この子達、誰?サトミカは?他のみんなは、どうしたの?」
「あなたが眠ってる間にみんな卒業して、今はこの子達がレーシング部員なの」
「ふうん・・・ということは、香里はもうオバサンなのね」
「う、うるさい!また眠らせるわよ!」
ラティは楽しそうにクスッと笑うと、もう一度全員を見た。
「ドライバーは誰?」
すばるが、おずおずと手を挙げる。
「ラティちゃん、よろしく。星野すばるだよ」
「ふうん。すばるって言うんだ・・・。べ、別に、あんたがどうしてもって言うのなら、レースのナビをしてあげても構わないけど?」
返事に困っているすばるに変わって、香里先生が説明をする。
「ラティ。今回はもう、別の子にお願いしてあるの。私達のレーシング部が解散した時、あなたも消えてしまったと思ってたから・・・」
「他の子に頼んだ?私が消えたと思ったから?・・・冗談はやめてよ。私の代わりが務まる子なんて、いるわけないでしょ」
ここまで黙って様子をうかがっていたセナが、もう我慢ならないという顔で話に割って入った。
「ちょっと、ちょっと、ちょーっと!そこの超絶旧式ナビゲーション野郎、お待ちなさいですわ。トンキチのパートナーは、不本意ながら、この天才AI・セナがすでに引き受けましたの。ポンコツ・インターフェースがしゃしゃり出る幕はありませんですわ」
「だ、誰がポンコツですって?小学生のくせに威張らないでちょうだい」
「ヘッポコ、ポンポコ、ベロベロベーッ!ですわ」
「香里!この口の悪い小学生、どうにかしなさいよ」
香里先生とエリーゼが、二人をなだめかけた時。それまでオロオロしていたすばるが、すっとんきょうな大声を出した。
「ラティちゃん!セナちゃん!わたしのためにケンカするのは、やめて~っ!」
はぁ・・・・・・??????
全員が一瞬、耳を疑った。
これは単に新旧の幻影少女としてのポジション争いであって、ラティもセナも『すばるのため』なんて、ひとっかけらも思ってもいないのに。
「まあ、でも・・・そういうボケたところが、すばるさんの取り柄よね。ふふふふっ」
香里先生につられて、唯もキュートに笑う。
「すばるん、面白すぎだしーっ♪」
「ふえ???」
ほわーんとしたすばるの顔を見て、ラティがため息をつく。
「あーっ、なんかバカバカしくなっちゃった。いいわ、香里。とりあえず、その小学生にやらせてみてよ。どうせうまくナビゲーションできずに、最後は私に泣きつくことになるんだから」
「ふーんだ!わたくしが旧式野郎に泣きつくなんて、天上天下唯我独尊ありえませんですわ!」
「はい、はい。とりあえずは解決ってことね。ところで」
と、香里先生が部長を睨みつける。
「えっ?な、ななななにか?保健の先生が私にご用とか?」
「壁の修理・・・どうしてくれんのよ!」
「ぐほーーーーーっ!」
後ずさりする部長の首根っこを香里先生が押さえ込む。
「お金の代わりに、体で払ってもらおうかしら」
「いえ、私・・・そういう趣味ないですからーーーっ」
「やだ。あなた、何を想像してるの?掃除よ、掃除!」
「へっ?」
「一か月間、部室と秘密の部屋の掃除を一人で全部やりなさい。それで許してあげるわ」
「えーと。これは、ありがたや~・・・なのでしょうか???」
ありがたや~!と、掃除部長に手を合わせるすばる。パワハラまがいの教師の圧力で(たぶん永久不滅の)掃除当番が決まり、ややこしい・・・いや、新しい仲間も増えて。
それより何より、秘蔵のフォーミュラカーが手に入って、ようやくマトモな部活が始まりそうな予感・・・。
(ふえっ?そういえば、メグちゃん・・・。マシンがどーとか言ってたっけ?)
すばるの頭をよぎった一瞬の思いが、この後ほんの少しだけ風雲急を告げることになるとは、まだ誰も気づいてはいなかった。