第5話『勝手にGO!チグハグな放課後』
キラッキラ~♪ キラッキラ~♪ フフンフンフーン♪
放課後の部室。
すばるが鼻歌まじりにクッキーをつまんでいると、急に恵が立ち上がった。
「ねえ、すばる。私達、ものすごーく根本的に大事なことを抜本的に見逃してると思わない?」
「ふえ???メグちゃん、大事なことって?」
「うちの部の名前、知ってるよね?」
「もっちろん。レーシング部だよ~。メグちゃん、ナニ言ってるの?」
恵はため息をつきながら、すばるの頭をポンポンと軽く叩く。
「そう。スイーツ部じゃなくて、午後のティールーム部でもなく、うちはレーシグ部。なのに・・・・・・」
「なのに??????」
「なぜ、部室を使い始めて以来、毎日がおやつタイム!?」
すばるが屈託のない笑顔を見せる。
「カオリン先生が言ってたよ。レースはチームワークが大事だから、みんな早めにチャチャッと仲良くなっときなさい・・・って。うちのママによれば、一緒に何か食べるとコミュニケーションがうまく行くんだって。えっと、同じ釜のナントカっていうやつ??」
めずらしく論理的(?)なすばるの説明をぶっちぎるかのように、恵が言い放った。
「そのわりには、みんな、てんでバラバラでコミュニケーション取れてないし。今日だって、私とすばるの二人だけだし!」
「えっと、えっと・・・唯ちゃんは何か用事があるんだって」
「何の用事?すばるは聞いてる?」
「ああ・・・そういえば、なんだろう」
「じゃあ、エリーゼとセナは?」
「うーん・・・・・・わかんない」
恵が額に手を当てる。
「あれ?誰かもう一人、忘れてる気がするけど・・・ま、いっか」
「メグちゃん、なんか言うことがカオリン先生に似てきたね!」
「それ、嬉しくないかも・・・」
「まあ、まあ。メグちゃん。とりあえずクッキー食べて落ち着こうよ。このクッキー、か~わいいんだよっ。食べられる本物のお花が入ってるの♪」
「うん、ありがと・・・て、こんなことやってる場合じゃないんだった!とにもかくにも、わが部活・最大にして最悪の問題を解決しなければっ!」
きょとんと首を傾げるすばるの両肩を、ガシッとつかむ恵。
「すばる。よーく聞いてよ。うちはレーシング部なのに・・・」
「な?の?に????」
「クルマがなーーーーーーーいっ!」
・・・・・・・・・・えっ・・・??????????
「クッキーはあるのに、クルマがないんだよ、すばる!車!くるま!クルマーッ!」
「クルマは、メグちゃんと唯ちゃんが作るんじゃないの?」
「それはそうなんだけど。フォーミュラカーとなれば、とても一朝一夕では・・・」
「イッチョウ?イッセキ?」
恵が、すばるのまったり思考を振り払うように、サッと髪をかき上げる。
「普通のEV車なら、技術的に、さほど難しくはないからね」
「メグちゃん、すごーい!」
一瞬照れたものの、すぐ真顔に戻る恵。
「でもレースに出場するなら、それなりの準備をしないと。私も唯も入学したてだよ。いきなりゼロからレース仕様のフォーミュラカーを作るなんて・・・悔しいけど無理」
「そういうものなんだ・・・?」
「だいたい、この部室のどこでフォーミュラーカーを組み立てられる?もしかして私達、理事長とカオリン先生の超ダイナミックなジョークに乗せられただけなのかも」
すばるが目をまん丸にして恵を見つめる。
「ふえっ!そうなの~?でも、わたしね・・・。えっと・・・わたしは、それならそれでいいけどな。メグちゃん達と友達になれて、富士女ライフがメッチャ楽しいもん♪」
恵が無意味に、すばるを抱きすくめる。
「あ~。今日もかわいいなあ、すばる!」
「ふえ~っ」
「でも、すばる。私は、これだけじゃ満足できない。ジョークでもナンでもいいから、レースに出たいよ。それに、私にはよくわかんないけど・・・すばるだって、キラッキラの世界に行きたいんだよね?」
「うん・・・」
この世界のどこかに、きっとキラッキラの幸せ粒子だけでできている場所がある。
もう一度、そこを見つけて。そして、レーシング部のみんなと分かち合いたい。
一緒にキラッキラになりたい・・・と、すばるは目を閉じて、心の中で子供の頃のイメージを膨らませた。
でも、それは遠い蜃気楼のようで。
よく知っているのに、どうしても手の届かない異次元の夢に思えてしまう。
(ホントに行けるのかな、あそこへ。もう一度・・・)
腕をほどき、豊満な胸からすばるを解放すると、恵は部室のドアに向かってツカツカ歩き出した。
「すばる。悪いけど、今日は帰るよ。ここでクッキー食べてても、何も始まらない。カオリン先生から何か指示があるかと思って、この数日待っていたけど。みんなで仲良くしなさいってだけじゃ、納得行かない。そういうユルいのは私の性分に合わない」
「あ・・・うん」
「とりあえず、これから兄貴のところに寄って、あれこれ情報を収集してみる。で、明日にでも私からカオリン先生に相談して・・・大会までに何をどうするのか、具体的にプランを立てるよ」
「メグちゃん、兄貴のところって???」
「あ、気にしなくていいよ。それより、すばる。大会って、いつだっけ?」
その時、部室に置かれたパソコンの陰で、ベレー帽が揺れた。
「大会は秋。10月ですけど」
「ふえ~っ!」
「ぶぶぶ部長!いつから、そこに?」
部長がニュッと首を突き出して、つぶやいた。
「ずっと居ましたけど。授業は午後から自主放棄しましたから。ところで、美人で長身の方のあなた」
すばると恵が顔を見合わせる。
「美人で長身なのは、もちろん、そっちのあなたですけど」
いかにも人見知りというギコチない動作で、部長が上目使いに恵を見る。
「ぶ、部長としてヒトコト言わせていただくと・・・」
「はい?」
「クルマのことは、そこまで心配しなくていいかと思うんですけど」
恵が、やれやれと呆れ顔をする。
「部長、クルマについては素人だよね?部の具体的な活動は、私が責任を持って進めるから・・・部長は応援の方よろしく」
「そ、そういう話じゃないんですけど。あ、あのですね」
「また別の機会に聞くよ。とにかく今日は私、帰るから」
部室を出ていく恵を見ながら、部長が肩をすくめた。
「ふえ~。メグちゃん、帰っちゃった・・・」
怪しげなマンガ制作(?)の手を止めて、すばるの方へ歩み寄る部長。
「あの、私、少しばかり空腹なんですけど・・・」
「ああっ、部長さん。食べて、食べて。紅茶もあるよ」
クッキー片手に紅茶ポットのリーフが開くのを待ちながら、淡々とつぶやく部長。
「彼女、そんなに焦ることないと思うんですけどねえ」
「そうだよね~。大会が秋なら、まだい~っぱい時間あるし」
「いえ、いえ。そうじゃなくて・・・」
「ふえ??????」
その頃。
保健室でも、ちょっとした・・・いや、けっこう抜本的な大問題が勃発していた。
どうやら、トラブルメーカーは幻影少女で。生身の二人、エリーゼと香里先生に食って掛かっている。
「イヤですわ!ナニがナンでもナッシングですの。古今東西!金輪際!トンキチのパートナーなんて、ブルブルブルンのムッカムカのプンプクプリンMAX的にお断りですわよっ!」
「ねえ、セナ。どうして、そんなにすばるさんを目の仇にするの?」
「そ、それは・・・・・・どうしてもですわ!」
セナは思いきり頬をふくらませて。怒りをアピールしている。
すばるに敵対する本当の理由を、ごまかすかのように。
エリーゼが、申し訳なさそうに香里先生を見る。
「す、すみません。この数日、ずっとこんな調子で・・・。私では説得しきれないので、香里先生からセナにお話ししていただけませんか?」
香里先生が「ふぅ~」と腕組みをした。
「セナさん」
「な、なんですの?」
「いくら学生の大会といっても、フォーミュラカーを駆ってコースを周回するのは、並大抵のことではないの。すばるさん一人では無理。あなたも、そう思うでしょ」
セナが当然という顔で香里先生を見る。
「モチのロンロンですわ。トンキチに、そんな高度なテクと知能があるとは到底考えられませんもの。トンキチの才能のなさをズバリ見抜くとは、さすがですわ」
「そう、私はさすがなのよ。セナさん」
香里先生は、あごを突き出して腕組み&仁王立ちのまま話を続ける。
「そして、セナさん。あなたも、さすがよ。すばるさんにはカケラもないような素晴らしい能力を備えているんだもの」
「あ、あの・・・香里先生。そこまで言うと、あまりにすばるさんが・・・・・・」
「まったく、エリーゼさんときたら・・・。気配りしすぎなのよねえ。この場にいない人のことまで気にしてると、早く老けちゃうわよ。ほら、私を見てごらんなさい。若さの秘訣はスバリ、この傍若無人な性格の賜物なのよ~。ほーっほほっ」
「あ、あの・・・香里先生・・・・・・?」
「あら、やだ。ちょっと話が脱線しちゃったわ~っ」
しばしの沈黙を経て、再び香里先生の説得が始まった。
「と、とにかく!セナさんの卓越した解析力と理解力、そして未来の可能性の中から最善を選ぶ客観的判断力は、レースに欠かせない才能だと思うの」
香里先生の褒め言葉に気をよくしたのか、チラッとエリーゼの様子をうかがうセナ。
エリーゼが、うん、うん、と大げさにうなずく。
「だから、セナさん。ぜひとも、あなたにすばるさんの司令塔になってほしいのよ」
そっぽを向くセナにお構いなく、香里先生が言葉を続ける。
「ヘッドマウントディスプレイを通して、マシンの状態やレースの進め方を随時ドライバーに伝える。そして何よりドライバーの安全を守るという大切な役目をお願いしたいの」
「だーかーら!絶対絶命にイヤですのっ!」
聞き分けのないセナに対して、香里先生が急に威圧的になる。
「人に頭を下げない私が、プライドをかなぐり捨てて、ここまでお願いしているのよ」
「ふーんだ。さっきから頭など一度も下げられてはいませんですわよ?」
セナから視線を外した香里先生が、クールな声で言い放った。
「エリーゼさん!」
「あ・・・はい?」
「セナさん以上に素直でキュートな思考AIを、すぐさま創り出してちょうだい」
「あ、あの・・・香里先生、それはどういう意味でしょうか?」
「セナさんが協力してくれない以上、エリーゼさんに新しい親友を創ってもらうしかない。そういうことよ。セナさん、いいわよね?」
セナが文句を言おうとした瞬間、エリーゼが生まれて初めてかと思うほどの声をあげた。
「ダ、ダメです。セナ以外に・・・親友なんていりません。私、セナと一緒に部活がしたいんです・・・あの・・・・・ワガママでごめんなさいっ」
一瞬、エリーゼの声に振り向いたけれど。すぐに、そっぽを向き直したセナが、消え入るように小さな声でつぶやいた。
「じ、事務的になら・・・」
「えっ?セナさん?今、なんて言ったのかしら?」
いまだ仁王立ちの香里先生が、わざとらしく聞き返す。
「事務的になら、ほんの少しだけなら、やってさしあげても構わないって言ったんですわっ!」
「セ、セナ!本当にいいの?」
「トンデモ決して、トンキチを助けるためじゃないですわよ。あくまでも、エリーゼと一緒に部活をするためですの。だって、だって!わたくし、エリーゼのたった一人の親友なんですもの」
香里先生が、ホッとしたように笑う。
「とりあえずだけど、足並みが揃いかけたって感じね。セナさん、よろしく」
「ひ、ひとつだけ言っておきますわよ。今後、わたくしに頼みごとをする時には、態度を改めていただきたいですわっ」
「考えておくわ。ふふふっ」
ちょうど、その時。
ドタバタと保健室に入って来たのは・・・。
「ふえ~っ!カオリン先生~っ!」
「すばるさん?」
「なんかわかんないけど、なんか、すっごいことになっちゃってるよぉ~っ!」
「えっ・・・・・・?」
「ぶ、ぶぶぶ部室っ!部室っ!」
ほげーっと混乱したすばるに、これ以上の説明は望めない。
そう判断した香里先生は、エリーゼとセナを伴って、急ぎ足で部室に向かった。