第4話『謎の部長さんはベレー帽がお好き』

 のどかな春の午後。
 保健室の時間は、約23時間56分でひとまわりする地球の自転を無視して、好き勝手にまったりと進んでいた。
 「結局、エリーゼちゃん今週ずっと休みだね。明日は来るかなあ?」
 「すばる。おせんべい食べるかしゃべるか、どっちかにしないと・・・ほら、膝の上にこぼしたよ」
 「ふえ~・・・3秒ルール発動~。ひ♪ろ♪い、グイ~~~ン♪」
 「うっ!やられたっ!ズキュンと来た!すばる、かわいすぎーっ」
 恵がムギューッと、すばるを抱きしめる。
 「メ、メグちゃん。おせんべい食べられない・・・てか、息、苦しい・・・」

 「こーら!すばるさん、恵さん!なんで保健室のおせんべい食べながら、リア充よろしくジャレあってるのよ。それ、超老舗の超高級品なのに。私が緊急事態に備えて用意してる保存食なのに~っ!」
 「やだ、カオリン先生ったら。おせんべいみたいにカタいこと言わないでにゃん♪」
 「オヤジ臭いギャグ言いながら、唯さんまで食べてるし。くっ・・・女子高生の食欲中枢・・・あなどれないわ」
 香里先生が、やれやれという表情で腕組みをする。
 「まあ、いいわ。おせんべいよりエリーゼさんよね。あの子、大丈夫かしら?」
 「カオリン先生、お茶お代わりくださーい。濃いめのやつ」
 ノーテンキなすばるのお願いをスルーして、香里先生がおせんべいに手を伸ばした時、保健室のドアがユルユルと開いた。
 「みなさん、やっぱりここだったんですね」
 「エリーゼさん!」
 「香里先生、ご心配おかけしました」
 「エリーゼちゃん、熱は?」
 そばに駆け寄ったすばるが、おせんべいの粉にまみれた手でエリーぜのおでこに手を当てた。
 「うん、うん。もう熱はなさそうだね」
 「あのクシャミはホコリのせいかと思ったら、マジで風邪だったなんて。保健室でイキナリしゃがみこんだ時はビックリしたよ」
 香里先生が、とりあえず教員らしい発言をする。
 「今日も学校には病欠の届けを出したんでしょ。無理して来なくてよかったのよ」
 「いえ・・・私がどうしても皆さんとお掃除したいからって、風邪が治るまで待っていただいたんですもの。授業はともかく、レーシング部には少しでも早く復帰したくて・・・」
 「エリーゼ、私達に気を使わなくていのに」
 「そうだよ、そうだよ~。掃除なら、きっとカオリン先生がやってくれるよ~」
 「やりませんっ!」
 みんなのやりとりをジッと聞いていた唯が、急に口を挟む。
 「ふうん。意外。中嶋エリーゼさん、授業より部活が大事な人なんだ・・・」
 「唯。せっかくエリーゼが来てくれたのに、そういう言い方やめなよ」
 「あーっ、ごめんなさーい。悪気はないの。以後、気をつけまーす♪」
 「だ、大丈夫です。私、気にしてませんから・・・・・・」
 思いっきり『気にしています』という表情で、エリーゼがつぶやいた。
 「はい、はい!青春の火花的なヤツは置いといて。せっかくエリーゼさんが来てくれたんだから、みんなで部室の掃除してきてちょうだい。ほら、すばるさん!いつまでも食べてないで、さっさと動く!」
 「ふぁ~い・・・」

 すばるが歩きながらおせんべいを完食した頃、ちょうど4人は部室前に着いた。
全員、体操着。恵の号令で、微粒子もシャットアウトする使い捨てマスク(保健室備品)着用。手には思い思いの掃除道具(保健室備品)。これで準備は整った。いざ、入室!
 「ふえ?部室のカギ、ないんだ?」
 「そうみたい。こないだも開いてたよね、エリーゼ」
 「あ・・・はい。そうでしたね。香里先生につけていただかないと・・・」
 恵、すばるに続いて入室した唯が、頭のてっぺんから吹きこぼれるようなスットンキョウな声をあげた。
 「ナニ?ここ?伝説のゴミ屋敷的な・・・?唯達、ここ使うの?ありえなーい!」
 「そっか。唯は入ったことないもんな。まあ、全員でやれば今日中には、どうにか格好つくよ。それじゃ・・・」
 「あの・・・ちょっと待ってもらえませんか?」
 エリーゼが、体操着のポケットから小さなキューブを取り出した。
 「セナ、お願い」
 空間にシュルッと浮かび上がったのは、例のツンデレ美少女。
 「ごきげんよう。心優しいエリーゼが風邪なのにお掃除すると言ってきかないから、特別にこの天才セナがお手伝いしてさしあげるわ」
 「セナちゃん、お久しぶり~。すばるだよ。覚えてる?」
 「気安く話しかけないでくださる?トンキチがうつりますわ」
 「ふえ~?トンキチがうつる~?メグちゃん、トンキチってうつるものなの?」
 「トンキチがうつる、というのは・・・すばるのリズムに飲みこまれて、まったりしてしまう、という意味じゃない?だよね、セナ?」
 「わ、わたくしがトンキチに飲みこまれるですって?トンキチときたら、どれだけ大喰らいなのかしら」
 「てゆーか、メグミン。まだセナリンに唯のこと紹介してないけど、いいの?ねえ、いいの?」
 「セ、セナリン????一体全体ナンですの?わたくし、そんなあだ名で呼ばれるほど子供じゃありませんわよ。ムッカムカのプンプクプリンですわ」
 「え~?そうかなあ。唯は、かわいい名前だと思うんだけどなっ。セーナリン♪」
  恵が自分の頭を押さえる。
 「あーっ、もう。面倒な会話はおしまい。とにかく清掃開始!」
 「は、はい・・・・・・」
 「ところで、エリーゼちゃん。今日はどうして懐中電灯じゃないの?」
 「あ・・・セナを呼び出す時のアイテムですか?いろんなバージョンがあるんです。その方が楽しんですもの。うふふっ」
 「こら!そこ!私語は慎んで。唯とセナを見習いなよ」
 そう言われてみれば、すでに唯は壁や窓のホコリを払っている。その後ろで、セナが「あっち、こっち」と指示を出している。
 ムッカムカのプンプクプリンのわりに、コンビネーションはナカナカのもので。
 
 その時。



 ガサッ!

 「きゃっ!唯、ビックリ~」
 「な、なんですの?今の不審音。あたかもトンキチが寝ぼけてベッドからブチ落ちたようなダッサイ響きですわね」
 「わたし落ちないよ~、たまにしか・・・」
 恵が不審音の方向をジッと見つめる。
 「あの壁際、机が積んである辺りだよね。もしかしたらノラネコかも。みんな、下がってて」
 「は、はい・・・」

 机の山に忍び寄る恵に向かって、黒い影が・・・!?
 というか、ジタバタ慌てふためく女子高生が唐突に飛び出してきた。
 「ひょえっ!見つかり~にょ~~!」
 「はい??? それ何語? キミ、誰? ここレーシング部の部室だよ?」
 「そ、そそそんな、わかりきったこと言わなくていいんですけどっ!」
 「キミ、ここで何してたの?」
 「ぶっ、部活。一人部活ですけど」
 「はあ???」
 つまずいた時、床に落としたベレー帽を拾うと、謎の女子高生は無意味にアタフタしながら、恵の足元に視線を落とした。飼い主以外には慣れない気弱な犬みたいだ。
 「一人鍋とか一人焼肉とか一人カラオケとか、そういうニュアンスで一人部活があってもいいと思うんですけど」
 「いや、ソコじゃなくて。なんで、この部室にいるの?」
 「一応、レーシング部の部長なんですけど。それが何か?あ、あなた達こそ誰なんです?」
 「私は新生レーシング部、新入部員の豊田恵。あと仲間達」
 「メグミン・・・説明が大雑把すぎ~。なんか、唯がモブみたいになってるもん♪てか、部長さん。そのベレー帽、なに?なに~?」
 「唯、ちょっと黙ってて」
 「う・・・うにゃん」
 数秒の沈思黙考の後、恵はニヤッと笑って言った。
 「オッケー。イマイチ事情はわからないけど、掃除の手が増えたことは間違いない。ねえ、部長!」
 「は、はい?」
 「部長なんだから、もちろん率先して部室の掃除してくれるよね?」
 「えーと・・・」
 「するの?しないの?」
 「ひぇ~!します、しますから。そんなコワい声出さないで~」
 「それじゃ、話は後でゆっくり聞くとして。改めて清掃開始―っ!」
 「もうすっかりシッカリやってますわよですわ。ねっ、ユイ」
 「ねっ、セナリン♪」
 性格のキツさとスピード感覚が共鳴したのか、セナと唯はすっかり打ち解けて、そそくさと掃除を再開している。
 「め、めずらしいです・・・セナが私以外の人と、あんなに・・・」
 「エリーゼちゃん?どうかした?この辺、一緒に掃除しよっ」
 「あ、すばるさん。何でもないです・・・さあ、お掃除、お掃除・・・・・・」
 そう言いながら、またもやエリーゼの手が止まる。
 「恵さんて・・・すごいですね。私なら、あの部長さんの素性がハッキリわかるまで落ち着かなくて・・・掃除は後回しにしちゃうと思います」
 「ふえ~?エリーゼちゃんは、一つ一つのことをキチンと片付けるタイプなんだね。わたしなんて、青春ドライブの仲間が増えて嬉しいな~と思っただけだったよ。ちょっと単純すぎ?」
 「い、いえ。すばるさんの、そういう雑・・・いえ、心の大きさ・・・す、好きですよ」
 「わーい!ありがと!わたしも、エリーゼちゃんダーイスキ!」
 すばるの大声に、セナがビクッと反応する。
 「星野トンキチ!負け犬の遠吠えみたいにウザうるさいですわよ。口より手を動かしなさいですわ!」
 恵が、香里先生のようにパンパンと手を叩く。
 「ほら、みんな。掃除に集中!部長、何か言ってやってよwww」
 「みなさん、頑張りましょう。ゴールは近いですから!こ、こんな感じでどうでしょう?」
 「うん、部長っぽくていい」
苦笑をこらえる恵のそばで、部長はベレー帽をキリリとかぶり直して、窓枠の細かいホコリを取ることだけに全身全霊を傾けている。
 そんなことには目もくれず、一直線に自分達の掃除道をひた走るセナと唯。すばるとエリーゼだけは、あいかわらずのまったりトンキチペースで・・・。
 それでも部長が大きなゴミ袋を6回目に捨てに行った頃には、ようやく部室が部室らしくなってきた。

 「みんなーっ。調子はどう?」

 「香里先生~~。手伝いに来るの、遅いですよぉ~。疲れた~!」
 「あら、すばるさん。誰も手伝うなんて言ってないわよ。私は生徒の自主性を重んじる、理解ある教育者!口は出すけど手は出さない。わかる?」
 「あーっ。なるほど~!」
 「まったくトンキチときたら、底なしのおマヌケさんですわ。ごまかされやすさ宇宙ナンバーワンですわね」
 「ふえ???ナンバーワンっていい響きだね」
 犬猿のボケとツッコミを呆れ顔であしらって、香里先生が部長に視線を向ける。
 「あら?なんだかワチャワチャしてると思ったら、ニューフェイス登場?えーと、あなた・・・」
 「は、はい」
 「誰?」
 香里先生のひとことに、そこにいる全員があんぐりと口を開けてしまった。ただ一人、部長だけが体を硬くしてうつむいている。
 「ひどい!保健の先生、ひどい!」
 「えっ?私、世間では仏の香里って呼ばれてるんだけど?」
 「忘れもしない。あれは一年前の春。この部室を使っていいと許可くれたじゃないですか~!」
 「そういえば、なんとなくそんな記憶があるような、ないような・・・」
 部長がベレー帽をシャキッとかぶり直した。
 「あーっ!ベレー帽!・・・思い出したわ。あなた、一人美術部よね!?」
 「現在の肩書きはレーシング部部長ですけど」
 どうやら、名前だけレーシング部を名乗る・・・という条件で、一年前に香里先生が勝手に部室を貸していたらしい。
 ということは計算上、部長はすばる達より上級生ということになる。
 「やだ、すっかり忘れてたわ。私、小さなことにはこだわらないイタリアンな性格だから。それにしても、あなた。こんなズタボロでホコリまみれの部室で、よくも1年間マンガ描いてたわねえ」
 「えっ?マンガ?」
 恵が思わず声をあげる。
 「ホコリなんて気にしないアーティスト気質の絵描きですけど、それが何か?」
 なぜか、部長の呼吸が荒くなる。
 「あのね、一人美術部さん。申し訳ないけど、この子達が本物のレーシング部を再生することになったの。だから、あなたには立ち退いてもらうことになるわね」
 「い、いやです」
 「えっ?」
 「だ、だって私・・・ぶ、部長ですから。この部室、使う権利ありますから」
 香里先生が『あらま』と大げさに驚きの表情を見せる。
 「いいじゃないですか、カオリン先生」
 「恵さん?」
 「彼女は、今日もみんなの先頭に立って掃除してくれたし。レーシング部の部長・兼・応援団長ってことで。みんな、どうかな?」
 みんながうなずくのを見て、香里先生が話をまとめた。
 「はい。じゃ、それで決まりってことで。サトミカにも連絡しとくわ。部長、この子達全員、入学ホヤホヤだから。よろしく頼むわね」
 「ラ、ラジャです!」

 その時、ずっと黙りこくっていたすばるが突然叫んだ。
 「ふえ~~~っ!やっと、わかった~~!」
 「すばる?どうした?」

 「部長さんは、絵を描く人だからベレー帽かぶってたんだ~~!」



 (え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)



 『この子ってリアルにトンキチかも?』と全員の心が一つにまとまって。ほんの数メートルくらい前に進んだ(気がする)春の夕暮れ。
 次なるミッションは・・・保健でお茶のお代わりだったりする。

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