第2話『幻影少女VSトンキチって誰さ』

 懐中電灯もどきの謎の道具から、ほわわわーんと。効果音もなく現れた幻影少女は、すばるをキッと睨みつけた。
 「いったいぜんたい、何が出たっていうのかしら?」
 どう見ても女子高生じゃない。むしろランドセルやらジャングルジムやら、現役小学生アイテムが似合いそうなお年頃?
 しかも、この子。誰もそんなこと言ってないのに「子供だと思ってナメんじゃないっ!」という空気をビンビン放ってる。・・・と、半ば冷静に分析する恵。
 でも、睨まれた張本人のすばるは、とてもそんな余裕はなくて。目をパシパシ閉じたり開けたり、こすったり。
 「ふえ~っ・・・人間の言葉、話せるんだ・・・・・・?」
 幻影少女は、いかにも呆れちゃう~という表情で両手を頬に当てた。
 「よもや、まさか、このわたくしが言葉を話せないとでも思いましたの?愚の骨頂ですわ」
 やれやれ~と、ため息をついて。今度は大企業の社長風に腕組みをしつつ、すばるを軽蔑のまなざしで見る幻影少女。
 やたらリアクションが多いのは、実在感を出すために違いない・・・。さらに冷静になった恵が推測を働かせているうちに、幻影少女⇒すばるへの饒舌な辛口トークが再開した。
 「あなたがトンデモ低レベルの超ヘッポコ野郎だということは、この数秒でハッキリわかりましたわ。天才エリーゼの手によって生み出されたわたくし・超天才セナ様をナメたりしたら、古今東西こんりんざい許しませんことよ。このウスラトンチキ!ベーッだ!」

 「ふえ?・・・・・・トンキチ??

 「メグちゃん、トンキチって誰???」
恵が苦笑する。
 「トンキチじゃなくてウスラトンチキ。今のすばるみたいに、ホゲーッて顔してトンキチとトンチキを聞き間違えるような人のこと。だよね?セナ?」
 「ま、まあ、百歩譲って。そういう解釈もできなくはないですわね」
不意打ちで名前を呼ばれた幻影少女=セナが、ちょっと照れた表情で答える。性格が悪いわけじゃなくて、ほんの少しだけ態度が上から目線なだけ?
 「あーっ、なるほど。ホゲーッな感じってことなんだ」
 「すばる?あのさ、わかってるよね?決して、いい意味じゃないからね?」
 「そっか。そう言われてみれば、たしかに・・・」
 口出しする隙間を見つけられず、奥ゆかしく困り続けていたエリーゼが、意を決したようにかぼそい声を出した。
 「あ、あの・・・」
 「ふえ?」
 「星野さん、ごめんなさい。さっきから、セナが失礼なことばかり・・・」
 「なぜ、エリーゼが謝る必要ありますの?失礼なのはトンキチの方ですわ」
 「セナ・・・どうして、そんな言い方・・・・・・」
 「いいよ、いいよ、エリーゼちゃん。私、気にしてないから」
 「でも・・・・・・」
 すばるがエリーゼに笑いかける。ホニャホニャでホゲーッとしていて。おひさまのような笑顔・・・というよりも、おひさまの光で溶けかけたアイスに近い感じ?
 「それより、エリーゼちゃん。呼び方なんだけど」
 「・・・・・・?」
 「星野さんじゃなくて、すばるでいいよ。友達だもん。ねっ?」
 「あ、ありがとう。富士女で初めてのお友達・・・すごく嬉しいです。星・・・いえ、すばるさん」

 仁王立ちポーズでひたすら会話を聞いていたオレオレ理事長が、いきなりパン!パン!パン!と手を打った。
 「はい。そこまでーっ」
 ??・・・・・・!?・・・・・・・!!!
 こんなにもキャラの濃い人物を、しばし忘れていたなんて。全員が無意味な罪悪感に捉われつつ、オレオレ理事長を見た。
 「なんだかんだ会話が弾んで、そこそこ友情も芽生えつつあり・・・い~い感じに青春がドライブしてきたわね」
 「ふえっ?ドライブ?なんでドライブ・・・・・・?あーーーーーっ!」
 「す、すばる?急にどうした?」
 「そういえば・・・これってレーシング部の集まりだったんだ~」
 セナがツインテールをざっぱざっぱ揺らしながら、首を大げさに横に振る。
 「まったく、そんな基本のキまで抜けちゃってるなんて。星野トンキチはおバカ丸出し野郎ですわね」
 「セ、セナ・・・トンキチさんじゃなくて、すばるさんよ」
 「ちょっと、エリーゼ。それじゃ、注意するところズレてるし」
 恵のツッコミを完全無視して、セナが駄々っ子のように訴える。
 「親友のわたくしと、今日出会ったばかりのトンキチと。エリーゼは、どっちの味方ですの?」
 「え・・・?」
 とまどうエリーゼから目線を外し、そのままセナはスッと消えてしまった。
 慌てて懐中電灯をピシャピシャ、シャカシャカ。挙句の果てには、魔法のランプ方式でさすり始めたエリーゼ。でも、セナは、まったく現れる気配がない。
 「・・・セナ・・・セナ?・・・・・・どうしましょう・・・」
 「エリーゼちゃん。ごめんね。なんか、私がセナちゃん怒らせちゃったみたいで」
 「い、いえ。あの子、意外に人見知りみたいで。決して、すばるさんのせいでは・・・・・・」
 うろたえるエリーゼと対照的に、オレオレ理事長はニヤニヤしている。
 「来てる、来てるわ、この感じ。いきなり超チョー青春?これでこそ我がレーシング部よ。萌えるわぁああ!」
 「あの、理事長。ガッツポーズの途中で申し訳ないですけど。私達、この状況をどうすればいいんですか?」
 淡々と質問する恵を見て、オレオレ理事長が大声で笑い始めた。
 「はあ?えっ?なになに?理事長って、私のこと?」
 「違うんですか?」
 「やだーっ!おなか痛い。面白すぎて、おなか痛すぎる~!」
 「じゃあ、あなたは一体・・・?」
 オレオレさんは、帽子のツバをクイッとあげてサングラスを外した。
 「この顔、見覚えないかしら?」
 「ふえ~っ。そんなこと言われても・・・何かヒントがほしいよ。せめて三択問題なら、わたしだって答えられるのに~」
 「いいわよ、選ばせてあげる」
 あーっ、また話の焦点がズレた。頭を抱える恵にウィンクしつつ、オレオレさんが天高く指を突き立てる。
 「イチバン~、富士女出身のハリウッド女優。ニバン~、富士女出身のスーパーモデル。サンバン~、富士女出身の・・・・」
 「あ・・・・・・」
 選択肢が出揃う前に、エリーゼが遠慮がちに手を挙げた。
 「あの・・・先生、ですよね?保健室の」
 「ピンポーン。さすがはエリーゼさん。よくわかったわね。はい、正解のご褒美」
 オレオレさんは、ポケットの中から緑茶ポリフェノール入りのキャンディを一粒取り出すと、エリーゼの手に無理やり握らせた。

 「それじゃ改めて。私は、養護教諭の石橋香里。で、今年度から、晴れてレーシング部顧問になりました。生徒からは、愛と尊敬を込めてカオリン先生って呼ばれることが多いかな。入学式の後、教員紹介で私が華麗なスピーチしたの覚えてない?」
 「ああっ、そういえば。保健の先生の話だけ、やけに長かったような・・・」
 香里先生が恵をジトッと見る。
 「いえ、なんでもないです。えーと、私が言いたいのは・・・白衣姿とはあまりに印象が違うから、気づかなかったということで。そもそも富士女のホームページにも入学式にも理事長の姿がなくて、どんな人か知らないし。今日の大胆なファッションから推察して、てっきりカオリン先生が理事長だと思ったんです」
 「やだ~。私の着こなしって、そんなにセレブっぽいかしら。恵さん、褒・め・す・ぎ」
 「いえ、特に褒めたつもりはないんですけど・・・。てゆーか、カオリン先生が養護教諭なら、理事長はどうしたんですか?」

 恵の的を射た質問が終わるか終らないかのうちに。キュイーンという微音と共に、ピットの真正面に一台のEV・・・つまり電気自動車が止まった。
 「遅くなってしまいました。ごめんなさーい。わっ!キャーッ!」
 すばる達の目の前。ロードスターのドアに自分のスカートをはさんでジタバタしているのは、ごく 普通の女子大生風お姉さん。必死でスカートを引っ張っている。
 車のドアを開ければ済むのに「なんでやねん」とツッコミたくなるのを、必至でガマンする恵。エリーゼに至っては、ひたすらオロオロしまくり。
 「えいっ!・・・あ、破けた・・・・・・スカート破けちゃった・・・カオリン先輩~、破けました~」
 「まったくサトミカは、あいかわらずだよねえ。いくら負けず嫌いだからって、ドアとまで戦うことないのに」
 「ですよねえ。困ったものです。えへへっ」
 女子大生(?)サトミカの頭を軽く小突いた香里先生は、すばる達の方に向き直った。
 「はい。みんな正解。その通りよ。でもゴメンネ。もうキャンディないの」
 何がその通りなのか。それ以前に、誰もキャンディをくれなんて言っていない。
 でも、そんなことはすべてスルーして。香里先生のマイペースな話が続く。
 「そうなの。なぜか、そうなのよ。あなた達が思っている通り、こちらが理事長。佐藤実花ちゃん。かつて富士女のレーシング部で、私の後輩だったサトミカよ」
 理事長は「てへっ♪」と、かわいらしく小首を傾げた。
 「ただいまご紹介に預かりました~、サトミカでーす。カオリン先輩の口車に乗せられて、今年から理事長やっちゃうことにしました~。よろしくね」
 あまりにも意外な理事長の登場に、すばる達はポカーンとしたまま突っ立っている。
 「ほら、みんな。理事長にあいさつ!」
 香里先生の掛け声で三人が声を揃えて・・・のはずが、てんでバラバラにしゃべり始めた。これはこれで息が合っている、と言えなくもない。
 「口車に乗せられて、今年から理事長って・・・どういう意味ですか?」
 「ふえ~っ。理事長とカオリン先生、レーシング部だったんだ?」
 「あの・・・サトミカさんて・・・・・・もしかして・・・」
 理事長は楽しそうにクスッと笑った後、なぜかウーンと大きく伸びをした。他人の評価を気にしない自由人タイプ?
 「あのね、耳は二つあるから一度にみんなの話を聞ける。でも残念ながら私、口は一つしかないんだよねえ。なので、とりあえず私の半生をまとめた拙書『案ずるより走るがサトミカ』を読んでちょうだいね。て、ちゃっかり宣伝しちゃったし。えへへっ」
 「あ・・・やっぱり・・・・・・」
 エリーゼが、めずらしく大きな声を出した。大きな声と言っても、香里先生のノーマルボイスと比べて約35%程度のエネルギー消費量だけど・・・。
 「あの・・・私、読みました。電子書籍ではなく、ハードカバーで」
 「まあ、ありがとう。今度、あなたの買った本を持ってきて。今の時代、あまり紙の本買う人いないでしょ。私、サインしたくてたまらないの~」

 エリーゼの頼りない説明プラス香里先生のオレオレな補足によれば。理事長の正体は起業家として大成功している女子大生なのだとか。
 母校の経営危機のウワサを聞きつけて、ドカーンと思いきりよく買収!そして、すたれてしまったレーシング部を復活させるべく、香里先生とタッグを組んだということらしい。
 「ふえ~っ!なんか、すごい」
 「うん。スケールはメチャ大きい。でも・・・」
 恵がチラッと理事長を見る。破れたスカートを気にしている?というより面白がってイジって、さらに被害を拡大しているとしか思えない。
 「ま、いいや。私はレースに関われるならナンでもOKだから」
 その時、理事長が間の抜けた声で叫んだ。
 「キャーッ、大変~。もうこんな時間?友達の会社設立パーティーに遅れちゃう~」
 「でも、サトミカ。そのスカートでパーティー行く気?大丈夫なの?」
 「平気ですよ、カオリン先輩。個性的なイージーオーダーってことで通しちゃう。それじゃ、みんな、よろしく。また遊びに来るからね~」
 スピーディなのか、ドンくさいのか?いまひとつ性格の計り知れない理事長が、のろまな疾風のように走り去ったあと。香里先生が、にこやかに宣言した。
 「ということで、さっそく来週から活動開始よ!ウズウズするわぁ♪」
 いまだ疑問符だらけではあるけど・・・。とにもかくにもピット内には、いい感じに青春がドライブしそうな予感がそれなりに溢れていた。

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