第1話『廃墟とオバケとレーシング部』

 星野すばるは、スーパーヘヴィ級の重い足取りで歩いていた。
 203X年度、私立富士工業女学院の入学式翌日。会ったこともない理事長に、イキナリ呼び出されちゃったのだ。

 「ふえ~っ(>_<) わたしってば、入学早々、何やらかしたっけ~?」

 指定された場所は、旧富士サーキット。通称バケサー。かつては数多くの国際レースが開催されてレースの聖地と呼ばれた場所。でも今となっては、静岡県美山町の原野にボヨーンと広がる壮大な廃墟にすぎない。
 モデル体型の成人女性の歩幅で、富士女から約十五分。バリバリ徒歩圏内とはいっても、なんでわざわざ廃墟に呼び出し???
すばるのスーパーライト級の知恵で推し量ろうとするのは、とうてい無理で。何の答えも見つからない。
 「うわーん。もう、理由なんてどうでもいいし。とにかく行きたくないよぉ!だって、バケサーのバケはオバケのバケ。出るってウワサなんだもん。こわすぎるよぉ~」

 「・・・とか言ってるうちに、着いちゃった」

 まったり歩いても、しょせんは徒歩圏内だし。距離の近さは、どうしようもない。
 すばるの目の前に、魂の抜け殻みたく打ち捨てられた旧富士サーキットがボヨーンと広がる。
 正面ゲートのボードには、不愛想に書かれた赤い文字。時の流れに洗われて、ところどころ消えかけている。
 「ふえ?・・・立人林上?

 「なワケないでしょ。立入禁止だよ。た・ち・い・り・き・ん・し」

 すばるの背後、約二十五度の上から目線で、いかにも姉御風の呆れ声が聞こえた。
 声の主はサクサクすばるを追い越し、正面ゲートに張られた太いロープをひょいと越えて。平然と(立人林上じゃなくて)立入禁止の旧富士サーキット内に侵入した。
 「ふえ?・・・あ、あれ?・・・えっと、んんん?」
 「何ボサッとしてんの?キミも呼び出されたんでしょ?」
 「えっ・・・?」
 すばるは、声の主をまじまじと観察した。
 スラッとした長身に長い髪。羨ましいくらい凹凸のあるナイスバディは、いかにも憧れの上級生な感じで。富士女の制服を着ていなかったら、高校生には見えない。ハキハキした口調とのギャップがカッコよくて、思わず見とれちゃう。
 「来ないなら置いてくよ」
 「あ、行きます!行きます!」
 慌ててロープをまたごうとした、まさにその時。
 すばるの周りの景色が、突然スローモーションになった。

「あ、れ、れ、せ、か、い、が、さ、か、さ、ま、に?」

 ド・・・テ・・・・・・!

 足をロープに引っ掛けてコケたすばるを、ナイスバディ先輩がとっさに身をかがめて抱きかかえた。
 「大丈夫?」
 「ふ、ふぁい。なんとか・・・」
 「キミって」
 「ふえ?」
 「小動物みたいで」
 「・・・?」
 「かわいい!」
 ナイスバディ先輩が、すばるをムギュッと抱きしめた。
 「ふえ~~~~!」
 いまや、すばるの顔はナイスバディ先輩の豊満な胸の谷間に全面的に埋め込まれている。
 すばるの「ふえ~」を堪能しきったナイスバディ先輩は、急に腕をほどいた。
 「ダメダメ。こんなことしてる場合じゃなかった。行くよ、小動物。いざ、理事長から呼び出しを受けたピットへ」
 「えっと・・・行き方わかりますか?」
 「任せなさい!」
 すばるは、ナイスバディ先輩の一歩後ろをついて行くことにした。抱きしめられないように、少し距離を取りながら。

 「あの、先輩」
 「先輩?何言ってんの?私、新一年生だよ」
 「えっ・・・ホントに?てっきり先輩かと思ったよ。えっと・・・」
 「豊田恵。メグでいいよ。キミは?」
 「すばる。星野すばる!」
 「ふうん。すばるか・・・。キミって、名前もかわいいんだ」
 「ふえっ!」
 目を見開いて放心するすばるを見て、恵が楽しそうに笑う。
 「すばる、いいキャラしてるよ!・・・あれ、そういえば?さっき私に、何か言おうとしてたよね?」
 「あ、うん。メグちゃんが知ってるか聞きたかったんだ。今日、呼び出された理由」
 「知らないよ。理事長から大事な話があるって担任に言われただけ」
 「そっか」
 「でも、不思議な予感がするんだ。こう、なんていうか背筋がゾクゾクッてするような」
 「バ、バケサーでゾクゾク・・・?」
 「違う、違う。いい感じのヤツだよ。私のゾクゾクは」

 いつのまにか並んで話しながら、メインスタンド手前の地下道へ。入り口から漆黒の闇が顔をのぞかせる。ひんやりとした冷気が、いかにもバケサーっぽい。
 「こ、ここ・・・降りるの?なんか、悪い意味でゾクゾクするんだけど・・・」
 「地下道を通らないとピットへは行けない。うちの兄貴が、そう言ってた」
 なんで兄貴?という疑問は、この際、横に置いといて。
 背後からかすかに差し込む自然光を頼りに、長い階段を下る。コン、コン。足音だけが小刻みに響く。
 小さな踊り場を二つ過ぎて、地下通路に降り立つと。遠くにかすかな出口の光・・・。薄明りの中に、ぼんやり人影が浮かんだ。

 「ふえ~っ!出た~~っ!」

 すばるは、思わず恵にしがみついた。

 「あの・・・すみません。何が出たんですか?」

 「オ、オバケ、オバケがしゃべった~っ!し、しししししかも、声がかわいいよ~」
 「こら、すばる。しっかりなさい。彼女はオバケじゃないよ。その証拠に足がある」
 「でも、でも、足なんて霊力でどうにでもなっちゃうよ~」
 「うっ・・・そう言われると・・・・・・」
 的外れなやりとりの隙間をぬって、オバケ少女がかぼそい声を出した。
 「あ、あの・・・お二人は理事長さんに呼び出されたんですよね?」
 「そうだけど?」
 「遅いから、もしかして・・・迷っているのかと思って・・・・・・」
 「てことは、私達を迎えに来てくれたんだね。ありがと」
 「い、いえ。私はただ、見てくるように言われただけで・・・」
 オバケ少女は、恥ずかしそうにうつむいた。ここまでシャイだと、もし本物のオバケだったとしても、きっと世渡りに苦労するはず。
 勇気を振り絞って、人を驚かしてはみたけれど。その後、果てしのない罪悪感に襲われて「ごめんなさい、ごめんなさい」と、つぶやきながら夜露に消えちゃうタイプだ。

 「で、とりあえず地下道を抜ければいいんだよね?」
 「いえ、途中にある関係者専用の出口から、そのままピットに行けます」
 「そうなんだ!まったく兄貴ときたら、教え方が中途半端だし」
 「ご、ごめんなさい。私、何か変なこと言いました?」
 「あ、違う、違う。こっちの話。よし、行こう。でも、その前にまず・・・」
 恵は、自分にへばりついたままのすばるを引っぺがした。
 「オ、オバケ・・・バケ・・・・・・・バケ・・・・・・」
 「ほら、すばる。シャキッとなさい」
 「シ、シャキッ」
 カチンコチンのすばるを見て、オバケ少女が一瞬クスッと笑った。

 「ねえ。キミも新入生だよね?名前は?」
 「あ・・・私・・・・・・あの・・・中嶋エリーゼ・・・です」
 「私は恵。で、この固まってる子は、すばる。よろしくね」
 エリーゼは、少しうつむきかげんに小さくうなずいた。

 「みなさん、こちらです」
 地下道から枝分かれした関係者用出口を抜けてピットへ。サーキットのコースを挟んで、メインスタンドの真正面。ひとことで言えば四角い空間だ。
 そこには英国王室特注品かと思わせる、いかにも高級そうなツバ広の帽子にサングラス、パンツ姿の年齢不詳の女性が、偉そうに腕組みをして立っていた。
 アゴをグイッと突き出した表情は『イライラしてるぜ』と言わんばかりで。足先でカツカツ、小刻みに床を鳴らしている。
 ファッションに大枚はたいているのは一目瞭然。お金持ち(⇒⇒)つまり理事長?
 個性的なアイテムを、あまりにも自由に――つまり好き勝手に組み合わせて――堂々と着こなす度胸・・・。これはもう、究極のオレオレ気質と見て間違いない。

 オレオレ理事長が、グイッと笑顔を作ってエリーゼに声を掛けた。
 「みんなの案内、サンキュ」
 「は、はい」
 すばる、恵、そしてエリーゼを一人一人マジマジと眺めた後、オレオレ理事長は明るく言い放った。
 「なんかメンバー足りない気がするけど、ま、いいってことにしちゃうか」
 誰が足りなくて、何が、ま、いいのか・・・。さっぱりわからない。
 「あの。ちょっといいですか」
 恵が、オレオレ理事長にシャキッと話しかけた。
 「私達、イマイチ話が見えてないんですけど。なんで呼び出されたんですか?」

 「レースに出場するためよ」

 オレオレ理事長が、仁王立ちポーズで高らかに宣言した。

 「ふえ?レース?・・・レースって、あのビューンって走るレース????」
 「当たり前でしょ。だから、士気を高めるために、わざわざ旧富士サーキットに呼び出したのよ。ワンピースの裾でヒラヒラしてるレースなワケないじゃん」
 ビックリしすぎてフリーズしたすばるの隣りで、恵が小さくガッツポーズをする。
 「やった!富士女に入って大正解!」
 恵の言葉に、オレオレ理事長がニヤリとする。
 「んじゃ、改めて。ここに富士女レーシング部、再始動を宣言する!でもって、あなた達は、入学試験でこっそり実施した適性検査で選ばれた精鋭チームなの。新生レーシング部へようこそ」
 「ふえ~~っ!何それ・・・?再始動がレーシングでワンピース?ワケわかんないよ~」
 「ワケわかんなくてもいいの!私がやるって決めたんだから、あなた達もやればいいでしょ!」
 「ふえ~~っ!」
 フリーズしたままのすばるには目もくれず、オレオレ理事長はエリーゼに視線を向けた。か弱いエリーゼは、まるでライオンに睨まれたウサギのように体をすくめている。
 「あなた、中嶋エリーゼさんよね?」
 「・・・はい」
 「担任に連絡しといたはずだけど、友達、連れて来てくれた?」
 「・・・・・・」
 「あらら?連れてこないと、いきなり退学になったりして」
 エリーゼが唇をかみしめる。
 「あーっ、ごめん。冗談よ、冗談!」
 「・・・・・・連れてくるというか・・・・・・あの子とは、いつも一緒なんです」
 「んじゃ、さっそく呼んでちょうだい。彼女は、我がレーシング部にどうしても必要な人材なの。私が決めた以上、絶対よ。絶対」
 ようやくフリーズの解けかけたすばると、またもや話の見えなくなった恵がポカーンとしている間に、エリーゼは真新しい学生カバンを開けて。小型パソコンと、手のひらサイズの懐中電灯風の端末を取り出した。
 何やらカシャカシャ入力した後、怪しい懐中電灯のスイッチを入れると。

 「ふえ~~!やっぱ出た~~!!」

 コックピットの中央・・・。懐中電灯の光の代わりに浮かび上がったのは、実体を持たない美少女だった。

トップに戻る