第9話『ため息スクールデイズ』

 富士女の超限定的なデータによれば。
 女子がため息をつくケースは、ほぼ二種類に分類される。

 【ケース1】
 ズバリ! LOVE♪♪
 約73%もの女子が、恋をすると無意識で、口から息を漏らしてしまうらしい。
 ちなみに、この統計は女子高生に限ったものではない。その証拠に、保健室の先生にもまったく同じ兆候が見られる。
 ちなみに保健室の先生の場合は、失恋時にも口から息を漏らす様子が目撃されている。

 【ケース2】
 定期試験の一週間前、及びその期間中。
 なぜか約半数の生徒は、テスト期間も出題範囲も知りながら事前に対策を立てることができない。
 その時期、富士女の校内には宇宙から特殊な光線が降り注ぐ。焦り・諦め・無気力を誘発する謎のウィルスに感染した者は、試験明けまでもがき苦しむことになる。
 その初期症状が、どうやら地球で言うところの『ため息』に似ているようだ。
 (いずれも「富士女白書203X年」レーシング部部長調べ)

 というわけで。
 すばるは、朝からすでに21回目のため息をついていた。
 もちろん【ケース2】。つまり、迫りくるテストが憂鬱で憂鬱で(×100)。

 「ため息つきながら部室の片隅で腹筋するすばる、かわいいなぁ~」
 「・・・ふううううう・・・・・・」
 「ここんとこマシンに夢中で、すっかり忘れてたよ。すばるへの偏愛」
 「ふえ?ヘンタイ?」
 「たしかにヘンタイっぽいかも。すばるんを見つめる、メグミンの目」
 唯が呆れ顔でぼやく。
 「唯。ステキな褒め言葉サンキュ」
 「褒めてないニャンコ~。それより、もう帰ろうよ。テスト一週間前は部活禁止でしょ」
 「そういう唯は、そもそもなんで部室に来たの?」
 ニヤニヤしながら、恵が唯の顔をのぞき込む。
 「べ、別に~。単なる習慣ってやつ?なんとなく足が向いただけだもん」
 「ふうん?てっきり、部活のみんなに会いに来たのかと思ったよ」
 「唯は、そんなヒマ人じゃないニャンコ・・・てゆーか、あの人、やっぱり来ないね」
 「あの人って?」
 「ほら、中嶋エリーゼさん。いい子ちゃんだから、きっと今頃はおうちでお勉強かな。だいたい彼女がレーシング部って似合わないんだよね。ホントはやりたくないのに、言い出せなくてズルズル引き込まれてるだけだったりして」

 ふいに恵が唯に目くばせをする。その視線を追って、唯が部室の入り口を見ると・・・。ギュッと体を硬くして、エリーゼが立っていた。
 「あの、すみません・・・私・・・・・・」
 きびすを返して走り出すエリーゼ。その背中を無表情に見つめる唯に向かって、恵が大声を上げる。
 「唯!ナニやってんの!早く追いかけなよ」
 「でも・・・」
 「前から気になったんだけど、唯はエリーゼに対して冷たいんじゃない?」
 「・・・・・・別に、そんなことないもん」
 「そんなことがあっても、なくても。現実に、唯の言葉でエリーゼは傷ついたんだ。このままでいいの?」

 「ふう・・・・・・」

 【ケース1】とも【ケース2】とも違う種類のため息をついて、唯はエリーゼの後を追っっていった。


 旧富士サーキット=通称バケサーの正面ゲート。
 文字の消えかけたボードの前に、エリーゼはぼんやり立っていた。

 ガツッ!

 背後から聞こえた大きな音に、反射的に振り向くと・・・。
 唯がつまずいてコケていた。
 「もう!なんで、こんなところに石があるのよ~っ」

 「唯さん、私を追いかけて・・・?だ、大丈夫ですか?」

 駆け寄ろうとして躊躇して、それでも思い直して駆け寄ったエリーゼが、唯に手を差し伸べる。
 それを無視して唯は自力で立ち上がり、パンパンとスカートの裾についた砂を払った。

 「あの、唯さん・・・おケガは?」
 「大丈夫」
 エリーゼがホッとした顔で微笑む。
 「ホント、もう。そういうところがイライラするの」
 「え・・・?」
 「唯のこと、ムカついてるくせに何も言えなくて。心配して助けようとする、そういうところだよ」
 今にも泣き出しそうな顔で、エリーゼがつぶやく。
 「ご、ごめんなさい」
 「ふう・・・」
 自分を落ち着かせるかのように、ため息をつく唯。そのまま、正面ゲートの太いロープをくぐってバケサーの中に入った。。
 「唯さん・・・?ここは、ふだんは立入禁止で・・・・・・」
 「ゴチャゴチャ言ってないで、あなたも来れば?」
 「あ、はい・・・」
 エリーゼが恐る恐るロープをくぐると、唯は無言で歩き出す。それに従うように、エリーゼも歩いて。
 二人は、雨ざらしで色のすすけたメインスタンドに腰かけた。

 「唯に言いたいことがあるんじゃないの?」
 「・・・・・・」
 「ホント、そっくり。だからイライラしちゃうんだ」
 「・・・・・・」
 「中嶋エリーゼさん・・・中学の頃の唯に、そっくり」
 「・・・・・・えっ?」
 「傷つくのが怖くて。人に嫌われるのが怖くて。言いたいことも言えず、我慢して。いつもがんばってニコニコして。ホントはもっとみんなの真ん中で明るく弾けたり、気持ちをハッキリ言葉にしたいのに。バカみたい。・・・バカみたいだったんだよ、唯は」
 「・・・・・・」
 「だから高校デビューしたの。ぜんぜん違う唯になってね」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「で、キャピピッと部活に入ったら、中嶋エリーゼさんがいたの。なんていうか、忘れてしまいたい昔の自分を見てるみたいで・・・」

 「・・・ごめんなさい」

 「なんで謝るの?むしろ怒るトコでしょ。唯、メチャ自分勝手なこと言ってるし。ずっとずっと、中嶋エリーゼさんにイジワルだったし」
 「でも・・・」
 「何よ?」
 「唯さんの気持ち・・・わかるから・・・・・・」
 「やだ、なんで泣くの?まるで唯がイジメたみたいに見えるじゃない。お願いだから、やめてよ。目の前で泣かれたら、唯だって・・・・・・。唯は・・・唯は中学の時、ずっと泣かずにがんばってたのに・・・・・・・・・うぇーん!」


 約30分後。
 どちらからともなく泣き止んだ二人は、真っ赤に腫れた目でボーッとサーキットを眺めていた。
 「唯、ちゃんとわかってるんだ。中嶋エリーゼさんは、昔の唯とは違ってホントのホントに優しい人だってこと」
 「そ、そんなことないです。私、心は真っ黒なんです。・・・だって私、唯さんに嫉妬していたんですもん」
 「なに、それ?」
 「セナが・・・あの人見知りのセナが、唯さんとだけはすぐに打ち解けたから・・・」
 「ふふっ。かわいいなあ、中嶋エリーゼさん。だからイライラしちゃうのかも」
 「あ、すみません。またイライラさせちゃって・・・」
 「うん。イライラする」
 「すみません」
 「うん」
 次の瞬間。二人は、どちらからともなく笑い出した。
 自信のない自分。弱虫の自分。でも、がんばりたい自分。そういう色んな自分が、なぜか今は愛おしく思える。
 「あーっ!唯達、こんなところでボーッとしてる場合じゃなかったよ」
 「・・・えっ?」
 「テスト!テスト!」
 「ああっ!」
 「てゆーか、唯、部室にカバン置いたままだった!」
 「と、とにかく学校に戻りましょう」
 立ち上がりながら、唯が少し恥ずかしそうにエリーゼにささやいた。
 「唯の高校デビューの話。メグミン達には内緒だよ」
 「は、はい」
 「二人だけの秘密ニャンコ♪」
 秘密・・・という特別な繋がりが嬉しくて、エリーゼが恥ずかしそうにうなずく。
 照れ隠しのぎこちない会話をポツポツ続けて、二人が部室に戻ると。恵がすばるを叱り飛ばしていた。

 「ちょっと、すばる!こんなコトもわかんなくて、どーすんの?」
 「だって、だって~。メグちゃんの問題、難しすぎるよ」

 「メグミン。すばるん。どうしたの?」
 唯とエリーゼの姿を見て、いつにない高速ですばるが駆け寄る。
 「ふえ~っ!助けて~!メグちゃんがオニ家庭教師になっちゃった~!・・・て、あれ?あれれれ?唯ちゃんとエリーゼちゃん、目が腫れてるよ?どうしたの?」
 唯はプイと天井を向き、エリーゼは目を伏せる。
 でも、二人の表情は明るい。それを見て取った恵が話題をそらすかのように、すばるを追い回す。
 「こらっ、すばる!ちゃんとやらないと、抱きついちゃうぞ」
 「ふえ~~~っ」
 息を切らして机にへたり込んだすばるに、唯が話しかける。
 「もしかしてテスト勉強してたの?」
 「唯ちゃん、聞いてよ~。わたしが歴史が苦手って言ったら、メグちゃんが問題出してくれるっていうから、問題出してもらったら、その問題がね・・・」
 おずおずとエリーゼが会話に加わる。
 「あ、あの・・・すばるさん?お話が見えないんですけど?」
 「ふえ~。だから、だから~」
 まったく進まない会話をさえぎって、恵が声を上げた。
 「はい、はい。すばるの説明は強制終了ね。せっかく唯とエリーゼが戻ってきたんだから、みんなに歴史問題を出してあげるよ」
 はふはふ、もごもごと何かを訴えるすばるには目もくれず、恵の歴史勉強会が始まった。

 「第1問!関ヶ原の戦いが行われたのは・・・」
 「えーと、西暦1600年ニャンコ!」
 答えた唯をニヤリと見て、恵が言葉を続ける。
 「そう、1600年ですが・・・」

 「・・・それでは、EV車のF1とも称されるフォーミュラEの大会が初めて行われたのは、西暦何年だったでしょうかーーーっ!!!」



 「??????????????????」
 全解答者の頭が、クエッションマークでいっぱいになる。

 「あれ?みんな知らないの?言っちゃうよ?答え、発表しちゃうよ?」


 唯がポソッとつぶやく。
 「もうすぐテストだし、帰ろっか」
 「は、はい。そうですね。すばるさんも、そろそろ帰りませんか」
 「うん。帰る」
 ゾロゾロと部室を出ていく三人を、恵が追いかける。
 「ちょ、ちょっと待って。私が悪かった。一緒に帰ろうよ~」




 「こ、答えは・・・西暦2014年なり~!ピンポーン!」

 「2014年9月、中国で初めてのレースが行われたのであーる。その後も、世界各地を転戦・・・。フォーミュラEのすごいところは、サーキットではなく市街地でキュイイーーーーンと走ることなのですね。・・・て、誰も聞いてないし」

 その日、まったく存在を把握されなかった部長が、誰もいなくなった部室で密かに正解を出し、さらには解説までしていたことを誰も知らないまま・・・。
 ため息だらけのテスト期間が始まろうとしていた。

「はあ・・・・・・」

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